第1回〜課題曲:Official髭男dism《Pretender》

吉田みのりと宮原ジェフリーいちろうが流行中のJ-POPの歌詞について語る「ほろよいJ-POP読書会」
第1回の課題曲はOfficial髭男dismの《Pretender》
 
この曲が人気を集める背景は?
アート、広告、フェミニズム、政治に関わってきた2人は何を語るのか?

Pretender 歌詞[Uta-Net]

 

【ライナーノーツ】

僕がまだ大学生だった頃、J-POPのヒットソングの歌詞がプリントされたポストカードが、ヴィレッジヴァンガードに売られているのを良く見かけた。サビや印象的なパッセージだけではなく、丸ごと一曲の歌詞が、夕焼けや、海や、青い空の写真に歌詞がポップな書体でデザインされ売られていた。いまにして思うとSNSのミームの先駆けのようだ。

洋楽しか聴かずJ-POPにあまり親しまずに思春期を過ごしてきた僕は、似たようなスノッブなティーンエージャーと同様に、そのカラフルなポストカードを生意気な目で眺めつつも、「歌詞」が商品として成立し得るということに嫉妬とふしぎな敬意を感じていたのをよく覚えている。それはポップソング、ことにJ-POPというものだから成立しうるものに思えたからだ。きっとこの世界には、そのポストカードを買って、アルバムの恋人や友だちとの写真の隣に貼ったり、部屋の壁に飾ったりしている若者がいるのだ。そうした若者たちは、お気に入りのヒットソングの歌詞を眺めて、勇気づけられたり、誰かのことを想ったり、頭の中でサビを口ずさんんだりする。それは極めて親密で、ポップソングとして理想的な関係のように思えた。

はじめてこの「ラジオ」についての詳細を聞いたとき、思い出したのはその歌詞カードのことだった。若者たちと、彼/彼女たちの孤独と、そこに寄り添うポップソング。年をとり忙しくなるにつれ音楽の聴き方もだいぶ変わった。それ以上に、僕らが音楽を消費する環境やメディアも著しく変わってしまった。オリコンのヒットチャートなんて誰も話題にしなくなって久しい。それでもヒットソングも、J-POPも、キチンと存在している。

僕も、そして僕の友人であり、このラジオの出演者のふたりもきっとJ-POPのヒットソングとの親密な関係からだいぶ遠いところに来てしまった。

このラジオはきっと出演者のふたりがそのJ-POPとの関係を回復する試みである。かつて東急沿線の高校でバンドを組んでいたふたりも、もうティーンエイジャーではないけれども、いまこの時代にこの年齢になって、ポップソングについて、特に印刷するだけで商品になるようなその歌詞について改めて考え、議論し分析する。そこになにかしらの意味があるかもしれない、あるいはまったくなにもないのかもしれない。でも20年来の友人の元バンドメンバーふたりが、この20年の間で培ってきたアート、政治、ジェンダーといくばくかの人生訓を持ちいて語り合うのはなかなかエキサイティンングだ。

 第一回のJポップソングはOfficial髭男ismの「Pretender」だ。SpotifyのJ-POP TOP50でおどろくべきことに、3月時点で未だに2位にランクインしている。キャッチーなメロディと印象的なサビがこころに残り、不思議と口ずさみたくなるこの曲である。この曲もバンドについても詳しいことは知らないけれども、感覚的にこの曲がヒットする理由はわかる(いかにも売れそうな曲、というのは意地悪だろうか)。切なくもポップなメロディはよく出来ているし、サビに入る「グッバイ」のカタルシス的な心地よさがある。そしてサビの「運命の人じゃない」と「『君は綺麗だ』」と、恋愛ソングでは珍しい断定とこのいかにも恋愛ソング的なフレーズの組み合わせだ。このサビは政治とアートで戦うヘテロ男子と、北欧在住のジェンダー系のツイートで注目を浴びているヘテロ女性である出演者の関心も引き、このラジオでも白熱した議論が交わされている。

この曲は歌詞だけを冷静に分析しながら読んでみるとなかなか不思議な曲である。すでに上げたサビのフレーズのみならず「世界線」「人生柄」などの言葉が並んでおり、分析しがいがあると言い換えてもいい。「運命の人じゃない」という言葉や、内省的な世界観からこの曲に現代の若者、ひいては日本社会の「元気の無さ」や無気力感に結論付けるのは簡単だ。でも果たしてそれだけなのか、とも僕は思う。J-POPの恋愛ソングにおいて「運命の人」というのは意外と強力である。運命の人だけどもサヨナラ、奇跡的に出会えた運命の人という曲はいくらでも思い浮かぶし、そこには日本社会の根強い保守的な恋愛感を見てとるのも難しいことではない。間違いなく「『綺麗だ』」と断言できる人に「運命の人じゃない」と言えることは実は非常に特異なのかもしれない。J-POPとは無縁の僕だけども、その特異性にいまの若者たちや、日本社会や、その恋愛感、ジェンダー感の変化を見出すとまでいうのはさすがに大袈裟だけど、なにか希望のようなものが少しでもあれば素敵じゃないか、と思う。

こうしたこの曲の不思議さと、初回ならではのたどたどしさと、海外在住歴の長いみのりさんが日本語をしゃべることと、葛藤しながらああでもないこうでもないと語り合うのを、ふたりの友人になったつもりで楽しんでください。

(大岡洋)

 

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