2025年4月18日

「世界の国からこんにちは」考

投稿者: ichiro_jeffrey

1970年の大阪万博は、日本の高度経済成長と国際交流の象徴として、今なお鮮烈なイメージを残している。2025年、議論を重ねながら開幕した新たな大阪万博は、そのレガシーを継げるのか。本稿では、70年万博の文化的意義を振り返り、現代の視点からその意味を再考する。

70年万博の強烈なイメージ

1970年大阪万博は、近現代史を語る上で欠かせないイベントだ。岡本太郎の「太陽の塔」、アポロ11号が持ち帰った月の石に行列ができた光景、ミニスカート姿のコンパニオン、そして三波春夫の『世界の国からこんにちは』。これらのイメージは、映像や写真を通じて繰り返し引用され、当時を知らない世代にも日本の高度成長期を象徴するものとして定着している。特に『世界の国からこんにちは』は、万博が紹介される際に必ずといってよいほど流れる楽曲であり、そのシンプルな歌詞は国際交流の親しみやすさを表現している。

『世界の国からこんにちは』の歌詞と背景

以下は、楽曲の1番と3番の歌詞である。

世界の国からこんにちは
作詩:島田陽子 作曲:中村八大 編曲:青島広志

こんにちは こんにちは 西のくにから
こんにちは こんにちは 東のくにから
こんにちは こんにちは 世界のひとが
こんにちは こんにちは さくらの国で
1970年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう こんにちは こんにちは 笑顔あふれる
こんにちは こんにちは 心の底から
こんにちは こんにちは 世界をむすぶ
こんにちは こんにちは 日本のくにで
1970年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう

この歌詞は、「こんにちは」の繰り返しを通じて普遍的な友好を訴えるが、1970年の世界情勢を背景に読むと深い含意が見える。1番の「西のくに」「東のくに」は、冷戦下の東西対立を意識した表現だ。日本は西側陣営に属しながら、平和国家としてソ連や中国との交流を深め、万博2年後の1972年には中国との国交正常化を果たした(ただし、70年万博には中華人民共和国は参加していない)。万博のテーマ「人類の進歩と調和」を掲げ、急成長する経済を基盤に、冷戦構造を乗り越える中立的な存在を目指した日本の姿勢が歌詞に反映されている。

また、2番の「月へ宇宙へ」「地球を飛び出す」は、1957年のスプートニク1号から1969年のアポロ11号の月面着陸に至る宇宙開発競争を背景に持つ。冷戦下の軍事技術の延長線上にありながら、宇宙へのロマンティックな憧れが世界を覆っていた。こうした科学的成果が、大阪の千里ニュータウンに造成された「みどりの丘」で披露されることで、ミクロとマクロの視点が融合した。

楽観性の裏に隠された歴史

3番の「笑顔あふれる」「心の底から」「世界をむすぶ」は、感情的な楽観性でまとめられている。しかし、この明るいメッセージの背景には、複雑な歴史的文脈が存在する。万博のわずか25年前、大日本帝国はアジア各国に侵攻し、民間人を含む約2000万人の命を奪った(推定値)。戦争の記憶が生々しく残る時代に、戦争加害国である日本が「世界をむすぶ」メッセージを発することは、過度に楽観的と映っただろう。実際、万博開催中には日米安全保障条約の自動延長に反対する大規模なデモが全国で起こり、ベトナム反戦運動や安保闘争とも連動した反対運動が記録されている。天皇が開会式で挨拶する万博は、帝国日本の戦争責任を覆い隠す「ハレの場」としての役割も果たしたと言える。

現代との連続性

70年万博が戦争責任を背景に楽観的な未来を描いたように、現代でも日本の戦争加害の歴史に向き合う機会は希薄化している。戦後80年を迎えた2025年、総理大臣による戦争責任に関する談話は見送られ、防衛費は増強され、沖縄の米軍新基地建設は住民の反対を押し切って進められている。これらの動向は、70年万博が示した「調和」の理想と、歴史の暗部を覆う傾向の連続性を想起させる。2025年大阪万博は、公式キャラクター「ミャクミャク」を超える新たなイメージを残せるのか。その答えは、過去と現在の対話を通じて見出されるだろう。

1970年大阪万博は、人類の進歩と調和を掲げつつ、戦争の歴史を覆い隠す場でもあった。2025年大阪万博を機に、私たちは過去の加害責任と向き合い、未来の調和をどう描くかを考える必要がある。万博の現地で、そして日常の中で、その問いを深め続けたい。